尾﨑(和賀)萌子のホームページ

Moeko Waga Ozaki

I study conversations between Japanese and American parents and children through the lenses of sociolinguistics, English linguistics, contrastive linguistics, and language socialization.
My research focuses on why children’s speech and values change based on their environment and culture, and how adult-child communication varies across cultures.

I’m also navigating the challenges of raising my own preschooler!

What's new

前回の続き。 教員免許を取ることにした私は、しばらく通信で教職に必要な単位をそろえようと頑張っていた。 当時は希望どおり海外マーケティングを担当していて、海外出張だらけの毎日だったのだが、出張の行き帰りの飛行機、現地のホテル、帰国後の電車の中など、隙あらばレポートを書いていた。 しかし、ご存じの方はわかると思うが、慶應通信はとにかくハードルが高い。 学部は通学で通っていたのでなおさらわかるのだが、通学課程に比べて、通信で卒業までたどり着くのは至難の業である。 教科書を読む → レポートを書く → レポートに合格する → 試験を受ける → 試験に合格する というステップを踏まなければならないのだが、そもそもそのレポートに全然合格できない。 「課題の趣旨をご理解いただけていないようです」 「重要な先行研究が押さえられていません」 などとコメントが返ってくるのだが、趣旨を理解していないならもはや自力ではどうにもならないし、何が重要なのかすらわかっていないのなら、もう完全にお手上げである。 というわけで、通信は途中で断念し、取りきれていない授業は「教職特別課程生」という1年限りの対面コースで取得することにした。 しかし、そのためには仕事を辞めなければならない。 仕事はとても楽しかったので少しだけ悩んだが、もともと「やりたい!」と思うと引き返せなくなる性格である。 夫にもさほど相談しないまま、ある日思い立ったように上司に退職の意向を伝えた。 突然だったので職場の人たちにはかなり驚かれたし、夫に至っては、 「今日、退職してきたわ」 と、過去形で事後報告する羽目になった。 ちなみに夫は大阪出身で、当時はしばらく東京―大阪の週末婚をしていた。 その後、私の職場に近づくために、わざわざ転職までして関東に来てくれたのである。にもかかわらず、私はその1年足らず後に突然仕事を辞めてしまった。内心かなり複雑だったのではないかと思うのだが、このときの心境は、いまだに聞けずにいる。 退職後は予定どおり教職課程に邁進した。 対面授業で先生から体系的に学べることもあり、それまでの苦行は何だったのだろうと思うほど、サクサク単位を取ることができた。 学部時代の先生方には大変申し訳ないのだが、人生で初めて大学の授業を真面目に受けた気がする。 その後、いよいよ教育実習がやってきた。私は胸を躍らせながら実習校へ向かった。 教育実習そのものは、実習仲間にも恵まれてとても充実していた。けれど心の片隅では、 「あれ……なんか思っていたのと違うような……?」 という、捉えどころのないもやっとした感覚があった。 とはいえ、教職のために職も、時間も、お金も、すでにいろいろなものを差し出してしまっていた私は、「もしかしたら自分のなりたい仕事は中高の教員ではないのかもしれない」などという恐ろしい可能性には、とても向き合えなかった。なので、その違和感には気づかないことにした。 その後、「どうせなら専修免許も取ったほうがよいだろう」と思い、教職課程の中で受けていた言語学の授業が面白かったこともあって、軽はずみな気持ちで、その授業を担当されていた井上逸兵先生にアポをお願いした。 それまで私は言語学をきちんと学んだことがなく、私の中の言語学の知識といえば、ほぼ井上先生の授業だけだった。 そのため、専修免許取得を見据えた大学院進学であり、研究者になりたいわけではないことを正直に伝えつつ、それでも頑張って一人前の修士論文を書き上げるつもりはある、という意気込みを先生に話した。 すると先生から、 「今まで他学部卒業でまともに修了した人は1人もいない。それでもいいなら……」 ...
谷口ジョイ先生のご著書『ある言語学者の事件簿』に感化されて、自分の大学院生活を少し振り返ってみたくなった。 (谷口先生のご著書については第16回をぜひ見ていただきたい) https://mwozaki.com/%e8%a8%80%e8%aa%9e%e5%ad%a6%e3%81%aa%e8%82%b2%e5%85%90%e6%97%a5%e8%a8%98-16%e3%80%80%e8%b0%b7%e5%8f%a3%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%a4%e5%85%88%e7%94%9f%e3%80%8e%e3%81%82%e3%82%8b%e8%a8%80%e8%aa%9e/ というわけで、しばらくのあいだ、大学院に入るまでのこと、そして入ってからの育児回顧録にお付き合いいただければと思う。 私は学部時代、法学部出身で、しかも不真面目の代名詞のような学生だった。 そのため就職活動では大いに苦労し、ただでさえ就職氷河期だったこともあって、なんと67社にも応募した。 そのうち、内々定をいただけたのは2社だけである。 大して勉強もせず、部活でも特筆すべき実績を残せず、これといって胸を張れることもなかったので、就活は本当に大変だった。 その2社のうちの1社が、オリンパス(株)だった。 当時は粉飾決算の件で上層部が記者会見で頭を下げたりと、何かと世間を騒がせていた頃である。 しかし実際のオリンパスは、製品の品質も高く、社員の方々も誠実で温厚で、福利厚生も充実した、とても良い会社だった。 ただ、世間的なイメージが悪すぎたのか、私が就活していた年は、他社のような「新卒採用特設サイト」などは見当たらず、会社のホームページを一番下までひたすらスクロールすると、ちーーーーーーさな文字で 「採用情報」 と書いてあるだけだった。 そのせいで応募者が少なかったのか、それまで敗戦続きだった私も、奇跡的に面接に呼ばれたのである。 しかも面接当日は記録的な大豪雨で、ニュースでは「不要不急の外出は控えるように」と繰り返し呼びかけていた。 しかし、私の面接は不要でも不急でもない。 めちゃくちゃ重要だし、めちゃくちゃ急いでいる。人生がかかっているのである。 駅から会社までのほんの短い距離で、ストッキングもリクルート用の黒いパンプスもすでにびしょ濡れになったが、そんなことは気にせず闊歩した。 会社に着くと、入り口で採用担当の方が待っていてくださった。 そして開口一番、 「こんな雨の中、来てくださってありがとうございます」 と声をかけてくださった。 それまで圧迫面接やお祈りメールの数々で、すっかり干からびていた私の心に、その言葉はオアシスのように染み渡った。 面接では志望動機などを聞かれ、私は「オリンパスのカメラがいかに素晴らしいか」「それをぜひ海外で販売したい」ということを熱く語った。 すると面接官の方が、静かにこうおっしゃった。 「うちは医療機器のほうが強いよ。海外に行きたいなら、志望先を変えたほうがいいよ」 聞けば、営業利益の7割は医療関係だという。 (あ、終わった……。志望動機、全部カメラ関連で書いてるし。企業研究してないの、モロバレじゃん……) と、私は内心で絶望した。 そして、68社目への応募を覚悟した、死んだ魚のような目をしていた私を気の毒に思ったのか、面接官の方がぽつりとこう提案してくださった。 「……この場で訂正印を押して、志望先を書き換えたら?」 神なのか。 こんな私を、それでもまだ採りたいと思ってくださるのか。 そう思った私は、鼻息荒く訂正印を押し、せっせと志望先を書き換えた。 なお、後にも先にも、その場で履歴書を訂正させていただけたのはオリンパスだけである。 その後、面接はとんとん拍子に進み、あっという間に最終面接となった。 最終面接の前、人事担当の方からは 「とにかく余計なことは言わず、聞かれたことにだけ答えるように」 と念を押された。 ...
息子の奇怪な行動を言語学で正当化しているこのシリーズ。 「こんなブログ、いったい誰が読むのだろう」と思いながら細々と書いているのだが、先日参加した学会で、何名かの方に「言語学な育児日記を書いている方ですよね?」「ブログ読んでます!」と声をかけていただいた。こんなニッチな読み物を読んでくださっている方がいるのか…!と、たいへん感動した。 お付き合いくださっている皆さん、本当にありがとうございます m(_ _)m さて、今日は息子の奇行シリーズではない。 ただ、子育て × 言語学つながりということで、谷口ジョイ先生の『ある言語学者の事件簿』をご紹介したい。 毎年授業で学生に「先生の推しはいますか?」と聞かれるのだが、(授業内容とも関連づける意図で)私はいつも「ウィリアム・ラボフが推しです」と答えている。 ついに先学期は「え…メガネおじが好きなんですか?」と引き気味に聞かれてしまったのだが、そういうことではない。 もちろん、推しは他にもたくさんいる。 Facebook COOであり Lean In の著者でもあるシェリル・サンドバーグ氏。 私の生活のなかで、一時期ほぼ唯一の眼福だった『おかあさんといっしょ』の体操のおにいさん。 そして今回ご紹介したい、方言学者の谷口ジョイ先生である。 谷口先生は、3人のお子さんを育てながら静岡の方言を研究されている。その育児とキャリアの両立の奮闘が、『ある言語学者の事件簿』には赤裸々に綴られている。 仕事、研究、育児について、痛快な筆致で書かれていて、読みながら首がもげるのではないかと思うくらいうなずいた。 寝かそうと思えば思うほど寝ない子ども。 夜逃げレベルの荷物の量。 華やかに見えて、実際にはとてつもなく地道な研究活動。 アカデミアの業界裏話。 どれもめちゃくちゃ笑えるし(電車で読むのは危険)、めちゃくちゃ共感できるし、「自分も頑張ろう」と思わせてくれる。まさにビタミン剤のような本である。 研究者でなくても、何かを両立しながら頑張っている人や、育児に日々疲弊しているワーママには絶対に刺さると思う。 なお、随所で登場する谷口先生の旦那様が、あまりにもイケメンすぎる。うちの夫もそれなりに協力的なほうだと思っていたのだが、谷口先生の旦那様を前にすると、もはや爪の垢どころの話ではない。旦那様の生活圏に落ちているあらゆるの成分を余さず回収し、煎じて夫に一気飲みさせたいレベルで素敵である。 というわけで、素敵なパートナーに飢えている皆様、素敵なパートナーになりたい皆様、にもぜひ本書をおすすめしたい。 ちなみに、先日の学会には谷口先生もいらっしゃっていて、なんとサイン会まで実施されるではないか。 ということで、私はサイン会の1時間以上前から、会場の書店販売エリアのあたりをうろうろし、開始時間が近づくにつれてソワソワし、「何を言おう……!」と考えまくった。 その結果、実際に口から出たのは 「でへへ、本当に面白いです、大ファンです」 的な、中身のない言葉だけだったのだが、無事にサインはゲットできた。 しかも、サインの余韻に浸りすぎてうっかり写真を撮り忘れ、もう一度列に並び直して撮っていただいた写真がこちらである。 (掲載許可いただいてます) 本を握りしめながら携帯の写真を見てニマニマしている35歳BBAが、周囲にどう見えていたのかはわからない。 ただ少なくとも、大学院時代の同胞たちには「幸せそうで何よりだよ」という、生暖かい目で見守られていた気がする。 最近モチベーションが上がらないな、とか。 最近あまり笑っていないな、とか。 ...
最近、息子がそろばん教室に通い始めた。 キッカケは幼稚園のお友達が通い始めたからで、本人は「計算が早くなりたい」などという崇高な意志はまったくない。 あるのは、お友達(仮に「ゆうと」としよう)に追いつきたい、という気持ちと、月一でもらえるお菓子への執念である。 その二本柱で、今のところなんとか続いている。 ……とはいえ、この前レッスン後に迎えに行ったら、 息子は「いもむしぃぃぃぃぃ〜〜〜」と言いながら、全身を床にぺたーっとつけ、お尻だけを高く上げた謎のフォームで教室を這いずり回っていた。 先生に向ける顔がなかった。 今日も健全な(?)6歳児である。 さて、そのそろばん教室には、たまにゆうとも一緒に車に乗せて送っていく。 たった10〜15分の短いドライブなのだが、この時間の子どもたちの会話が毎回ネタの宝庫で、私はひそかにかなり楽しみにしている。 先週のドライブでも、こんなやりとりがあった。 息子「あ、そういえばね」 ゆうと「うん」 息子「えーーと、なんだっけ、えーとえーと 忘れちゃった、ゆうとしゃべっていいよ」 ゆうと「俺さ」 息子「うん」 ゆうと「俺めっちゃショックなことがあったんだよ」 息子「何?」 ゆうと「俺さ」 息子「うん」 ゆうと「(XXXX)」 →道間違えてしまい、テンパったら聞き取れなかった…痛恨のミス! 息子「えーよくそんな危険立ち向かえるな〜勇気あるな〜」 芋虫の真似をしている6歳児とその同級生が、大人の会話のスタイルを着実に身につけているな〜と思った瞬間である。 このやりとりの何がそんなに面白いのかというと、ただ順番にしゃべっているだけではないからだ。 まず、息子の「あ、そういえばね」がすでに大人っぽい。 これは単なる思いつきではなく、「今から新しい話題を出しますよ」という合図になっている。6歳にして、もう雑談の入り方(トピックシフト)を知っているのである。 しかも、そのあと「えーと、なんだっけ」と言いながら自分の会話の番(ターン)を少しキープし、それでも思い出せないとわかると、「忘れちゃった、ゆうとしゃべっていいよ」と相手にターンを譲る。ここがまた面白い。黙って終わるのではなく、「自分はいったん降ります、次どうぞ」と会話を交通整理しているのだ。 「えーと」「なんだっけ」のようなフィラーも、子どものことばとして聞くとかわいいのだが、機能としてはかなり重要である。 ただ詰まっているだけではなく、「まだ話すつもりです」というサインにもなっている。大人も同じことをする。 一方のゆうとも、かなり会話がうまい。 「俺めっちゃショックなことがあったんだよ」と、いきなり核心を言わずにまず前置きを置いて、相手の注意を引く。そして息子も「何?」と、きちんと続きを促している。 相手の話を遮らず、でもちゃんと聞いていることを示している。6歳児同士の会話なのに、ちゃんと「聞く側の仕事」が成立しているのが面白い。 そして何より、最後の「よくそんな危険に立ち向かえるな〜。勇気あるな〜」が、妙に大人っぽい。 いや、語彙のチョイス。 「危険」と「勇気」って。 急に人生訓みたいになるではないか。 6歳くらいの子どものことばというと、つい物の名前や行動の描写を思い浮かべがちだが、この会話ではすでに、出来事そのものだけでなく、それをどう評価するか、どう意味づけるか、というレベルの表現が出てきている。 単に「こわかったね」「たいへんだったね」ではなく、「危険に立ち向かった」「勇気がある」と、抽象的なことばで相手の経験を位置づけているのだ。 こういう時期の子どもは、単語数が増えるだけではない。会話を回すための表現、感情を整理するための表現、相手を評価したり励ましたりする表現が、ぐっと増えてくる。 いわゆる「語彙が増えた」というより、「ことばを社会の中で使う力」が、急速に育っている感じがする。 ...