Moeko Waga Ozaki
I study conversations between Japanese and American parents and children through the lenses of sociolinguistics, English linguistics, contrastive linguistics, and language socialization.
My research focuses on why children’s speech and values change based on their environment and culture, and how adult-child communication varies across cultures.
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谷口ジョイ先生のご著書『ある言語学者の事件簿』に感化されて、自分の大学院生活を少し振り返ってみたくなった。 (谷口先生のご著書については第16回をぜひ見ていただきたい) https://mwozaki.com/%e8%a8%80%e8%aa%9e%e5%ad%a6%e3%81%aa%e8%82%b2%e5%85%90%e6%97%a5%e8%a8%98-16%e3%80%80%e8%b0%b7%e5%8f%a3%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%a4%e5%85%88%e7%94%9f%e3%80%8e%e3%81%82%e3%82%8b%e8%a8%80%e8%aa%9e/ というわけで、しばらくのあいだ、大学院に入るまでのこと、そして入ってからの育児回顧録にお付き合いいただければと思う。 私は学部時代、法学部出身で、しかも不真面目の代名詞のような学生だった。 そのため就職活動では大いに苦労し、ただでさえ就職氷河期だったこともあって、なんと67社にも応募した。 そのうち、内々定をいただけたのは2社だけである。 大して勉強もせず、部活でも特筆すべき実績を残せず、これといって胸を張れることもなかったので、就活は本当に大変だった。 その2社のうちの1社が、オリンパス(株)だった。 当時は粉飾決算の件で上層部が記者会見で頭を下げたりと、何かと世間を騒がせていた頃である。 しかし実際のオリンパスは、製品の品質も高く、社員の方々も誠実で温厚で、福利厚生も充実した、とても良い会社だった。 ただ、世間的なイメージが悪すぎたのか、私が就活していた年は、他社のような「新卒採用特設サイト」などは見当たらず、会社のホームページを一番下までひたすらスクロールすると、ちーーーーーーさな文字で 「採用情報」 と書いてあるだけだった。 そのせいで応募者が少なかったのか、それまで敗戦続きだった私も、奇跡的に面接に呼ばれたのである。 しかも面接当日は記録的な大豪雨で、ニュースでは「不要不急の外出は控えるように」と繰り返し呼びかけていた。 しかし、私の面接は不要でも不急でもない。 めちゃくちゃ重要だし、めちゃくちゃ急いでいる。人生がかかっているのである。 駅から会社までのほんの短い距離で、ストッキングもリクルート用の黒いパンプスもすでにびしょ濡れになったが、そんなことは気にせず闊歩した。 会社に着くと、入り口で採用担当の方が待っていてくださった。 そして開口一番、 「こんな雨の中、来てくださってありがとうございます」 と声をかけてくださった。 それまで圧迫面接やお祈りメールの数々で、すっかり干からびていた私の心に、その言葉はオアシスのように染み渡った。 面接では志望動機などを聞かれ、私は「オリンパスのカメラがいかに素晴らしいか」「それをぜひ海外で販売したい」ということを熱く語った。 すると面接官の方が、静かにこうおっしゃった。 「うちは医療機器のほうが強いよ。海外に行きたいなら、志望先を変えたほうがいいよ」 聞けば、営業利益の7割は医療関係だという。 (あ、終わった……。志望動機、全部カメラ関連で書いてるし。企業研究してないの、モロバレじゃん……) と、私は内心で絶望した。 そして、68社目への応募を覚悟した、死んだ魚のような目をしていた私を気の毒に思ったのか、面接官の方がぽつりとこう提案してくださった。 「……この場で訂正印を押して、志望先を書き換えたら?」 神なのか。 こんな私を、それでもまだ採りたいと思ってくださるのか。 そう思った私は、鼻息荒く訂正印を押し、せっせと志望先を書き換えた。 なお、後にも先にも、その場で履歴書を訂正させていただけたのはオリンパスだけである。 その後、面接はとんとん拍子に進み、あっという間に最終面接となった。 最終面接の前、人事担当の方からは 「とにかく余計なことは言わず、聞かれたことにだけ答えるように」 と念を押された。 ...
息子の奇怪な行動を言語学で正当化しているこのシリーズ。 「こんなブログ、いったい誰が読むのだろう」と思いながら細々と書いているのだが、先日参加した学会で、何名かの方に「言語学な育児日記を書いている方ですよね?」「ブログ読んでます!」と声をかけていただいた。こんなニッチな読み物を読んでくださっている方がいるのか…!と、たいへん感動した。 お付き合いくださっている皆さん、本当にありがとうございます m(_ _)m さて、今日は息子の奇行シリーズではない。 ただ、子育て × 言語学つながりということで、谷口ジョイ先生の『ある言語学者の事件簿』をご紹介したい。 毎年授業で学生に「先生の推しはいますか?」と聞かれるのだが、(授業内容とも関連づける意図で)私はいつも「ウィリアム・ラボフが推しです」と答えている。 ついに先学期は「え…メガネおじが好きなんですか?」と引き気味に聞かれてしまったのだが、そういうことではない。 もちろん、推しは他にもたくさんいる。 Facebook COOであり Lean In の著者でもあるシェリル・サンドバーグ氏。 私の生活のなかで、一時期ほぼ唯一の眼福だった『おかあさんといっしょ』の体操のおにいさん。 そして今回ご紹介したい、方言学者の谷口ジョイ先生である。 谷口先生は、3人のお子さんを育てながら静岡の方言を研究されている。その育児とキャリアの両立の奮闘が、『ある言語学者の事件簿』には赤裸々に綴られている。 仕事、研究、育児について、痛快な筆致で書かれていて、読みながら首がもげるのではないかと思うくらいうなずいた。 寝かそうと思えば思うほど寝ない子ども。 夜逃げレベルの荷物の量。 華やかに見えて、実際にはとてつもなく地道な研究活動。 アカデミアの業界裏話。 どれもめちゃくちゃ笑えるし(電車で読むのは危険)、めちゃくちゃ共感できるし、「自分も頑張ろう」と思わせてくれる。まさにビタミン剤のような本である。 研究者でなくても、何かを両立しながら頑張っている人や、育児に日々疲弊しているワーママには絶対に刺さると思う。 なお、随所で登場する谷口先生の旦那様が、あまりにもイケメンすぎる。うちの夫もそれなりに協力的なほうだと思っていたのだが、谷口先生の旦那様を前にすると、もはや爪の垢どころの話ではない。旦那様の生活圏に落ちているあらゆるの成分を余さず回収し、煎じて夫に一気飲みさせたいレベルで素敵である。 というわけで、素敵なパートナーに飢えている皆様、素敵なパートナーになりたい皆様、にもぜひ本書をおすすめしたい。 ちなみに、先日の学会には谷口先生もいらっしゃっていて、なんとサイン会まで実施されるではないか。 ということで、私はサイン会の1時間以上前から、会場の書店販売エリアのあたりをうろうろし、開始時間が近づくにつれてソワソワし、「何を言おう……!」と考えまくった。 その結果、実際に口から出たのは 「でへへ、本当に面白いです、大ファンです」 的な、中身のない言葉だけだったのだが、無事にサインはゲットできた。 しかも、サインの余韻に浸りすぎてうっかり写真を撮り忘れ、もう一度列に並び直して撮っていただいた写真がこちらである。 (掲載許可いただいてます) 本を握りしめながら携帯の写真を見てニマニマしている35歳BBAが、周囲にどう見えていたのかはわからない。 ただ少なくとも、大学院時代の同胞たちには「幸せそうで何よりだよ」という、生暖かい目で見守られていた気がする。 最近モチベーションが上がらないな、とか。 最近あまり笑っていないな、とか。 ...
最近、息子がそろばん教室に通い始めた。 キッカケは幼稚園のお友達が通い始めたからで、本人は「計算が早くなりたい」などという崇高な意志はまったくない。 あるのは、お友達(仮に「ゆうと」としよう)に追いつきたい、という気持ちと、月一でもらえるお菓子への執念である。 その二本柱で、今のところなんとか続いている。 ……とはいえ、この前レッスン後に迎えに行ったら、 息子は「いもむしぃぃぃぃぃ〜〜〜」と言いながら、全身を床にぺたーっとつけ、お尻だけを高く上げた謎のフォームで教室を這いずり回っていた。 先生に向ける顔がなかった。 今日も健全な(?)6歳児である。 さて、そのそろばん教室には、たまにゆうとも一緒に車に乗せて送っていく。 たった10〜15分の短いドライブなのだが、この時間の子どもたちの会話が毎回ネタの宝庫で、私はひそかにかなり楽しみにしている。 先週のドライブでも、こんなやりとりがあった。 息子「あ、そういえばね」 ゆうと「うん」 息子「えーーと、なんだっけ、えーとえーと 忘れちゃった、ゆうとしゃべっていいよ」 ゆうと「俺さ」 息子「うん」 ゆうと「俺めっちゃショックなことがあったんだよ」 息子「何?」 ゆうと「俺さ」 息子「うん」 ゆうと「(XXXX)」 →道間違えてしまい、テンパったら聞き取れなかった…痛恨のミス! 息子「えーよくそんな危険立ち向かえるな〜勇気あるな〜」 芋虫の真似をしている6歳児とその同級生が、大人の会話のスタイルを着実に身につけているな〜と思った瞬間である。 このやりとりの何がそんなに面白いのかというと、ただ順番にしゃべっているだけではないからだ。 まず、息子の「あ、そういえばね」がすでに大人っぽい。 これは単なる思いつきではなく、「今から新しい話題を出しますよ」という合図になっている。6歳にして、もう雑談の入り方(トピックシフト)を知っているのである。 しかも、そのあと「えーと、なんだっけ」と言いながら自分の会話の番(ターン)を少しキープし、それでも思い出せないとわかると、「忘れちゃった、ゆうとしゃべっていいよ」と相手にターンを譲る。ここがまた面白い。黙って終わるのではなく、「自分はいったん降ります、次どうぞ」と会話を交通整理しているのだ。 「えーと」「なんだっけ」のようなフィラーも、子どものことばとして聞くとかわいいのだが、機能としてはかなり重要である。 ただ詰まっているだけではなく、「まだ話すつもりです」というサインにもなっている。大人も同じことをする。 一方のゆうとも、かなり会話がうまい。 「俺めっちゃショックなことがあったんだよ」と、いきなり核心を言わずにまず前置きを置いて、相手の注意を引く。そして息子も「何?」と、きちんと続きを促している。 相手の話を遮らず、でもちゃんと聞いていることを示している。6歳児同士の会話なのに、ちゃんと「聞く側の仕事」が成立しているのが面白い。 そして何より、最後の「よくそんな危険に立ち向かえるな〜。勇気あるな〜」が、妙に大人っぽい。 いや、語彙のチョイス。 「危険」と「勇気」って。 急に人生訓みたいになるではないか。 6歳くらいの子どものことばというと、つい物の名前や行動の描写を思い浮かべがちだが、この会話ではすでに、出来事そのものだけでなく、それをどう評価するか、どう意味づけるか、というレベルの表現が出てきている。 単に「こわかったね」「たいへんだったね」ではなく、「危険に立ち向かった」「勇気がある」と、抽象的なことばで相手の経験を位置づけているのだ。 こういう時期の子どもは、単語数が増えるだけではない。会話を回すための表現、感情を整理するための表現、相手を評価したり励ましたりする表現が、ぐっと増えてくる。 いわゆる「語彙が増えた」というより、「ことばを社会の中で使う力」が、急速に育っている感じがする。 ...
昨年のクリスマスの話。 息子が何やら一生懸命書いているなと思って覗き込んでみたら、サンタさんへのお手紙だった。6歳の息子が書いたお手紙がこちら。 「ほしいものは ベイブレいドの ナまえは ドらたーガが ほしいです」 XXXより 意味はこちら。 「欲しいものは、ベイブレードの名前はドランダガーが欲しいです」 XXXより この手紙は言語学的なネタの宝庫である。 書き間違い(言語学的には「間違い」ではなくエラー)、語順、敬語の使用、手紙という文体の習得など、取り上げたいテーマはいくらでもある。 けれど今回は、あえて「鏡文字」に注目してみたい。 鏡文字とは、文字の向きが左右反転して書かれる現象のことだ。文字を書き始めたばかりの子どもから、幼稚園年長くらいまでによく見られる。 小学校1年生になると、学校で本格的に文字を習うようになることも影響して、鏡文字を書く子どもは徐々に減っていく。 この手紙で鏡文字になっているのは、 「し」 「も」 「り」 の3文字である。 「し」は2回目の「ほしい」では正しく書けているが、1回目では鏡文字になっている。 このあたりも、なかなか興味深い。 鏡文字は珍しい現象ではない。おそらく、鏡文字という存在を知らない人はいないと言ってもいいだろう。 しかし意外なことに、「なぜ起こるのか」は、はっきりとはわかっていない。 試しに「鏡文字 原因」などで検索してみると、次のような説明がよく出てくる。 ・左利きだと、はらいが書きづらいから ・左脳がまだ未発達だから ・文字として認識しておらず、「正しい形」があると気づいていないから ・空間認識能力が高く、反転していても同じ文字だと理解できるから ・男の子の方がなりやすい ・発達障がいの可能性 ただ、どれもいまひとつしっくりこない。 左利きでも、最初から左で書いていれば、それほど不便さを感じない(私自身がそうだ)。 息子の場合、文字として認識していないようにも見えない。 確かに空間認識はわりと得意な方だが、それなら左右も正確に記憶できそうな気もする。 発達障がいについては、「ディスレクシア(読むことの困難)」や「ディスグラフィア(書くことの困難)」といった障がいが存在することは事実だが、息子の場合、今のところは定型発達の範囲内で見られる鏡文字のように思われる。 そこで、「鏡文字」に関する比較的新しい研究をいくつか調べてみた。すると、興味深いことがわかってきた。 ・利き手や性別よりも、どの文字か/紙面のどこに書くか/直前の文字が何かの方が、鏡文字の出現と強く相関している (Fischer & Tazouti, ...