尾﨑(和賀)萌子のホームページ

言語学な育児日記 #4 かくかくしかじか

先日、息子と一緒に映画館へ『ドラえもん』を観に行った帰りのこと。

そのあと立ち寄った友人宅で、息子の友達から「どんな映画だったの?」と聞かれた。すると息子、少し考えたあと、こう言った。

 

「ん〜森で迷子になった女の子がいてぇ〜その子を助けるためにドラえもんたちとかのび太とかが絵の中に入ってぇ〜それでぇ〜かくかくしかじかで女の子と仲良くなった!」

 

…ざっくりすぎる。いや、ざっくりというより、かくかくしかじかで全部ぶった切った。

おそらく途中で説明するのが面倒になったのだろう。でも、私が「おっ」と思ったのは、6歳にして「かくかくしかじか」を使って要約したつもりになっていること。

この「かくかくしかじか」、要するに「いろいろあったけど細かいことは省略」という意味で使われる日本語の省略表現。年齢的に6歳くらいから、子どもは「重要そうなこと」と「どうでもよさそうなこと」を分けて話す力(要約力)を身につけ始めるので、そういう意味では成長の証とも言える。

でも興味深いのは、「どう端折るか」のほうだ。

英語でも「this and that(あれこれ)」「long story short(要するに)」といった表現はあるけれど、「so, there was this and that, and then…」みたいに話の途中でいきなり雑に省略するのはあまり聞かない。

私が思うに、日本語の「かくかくしかじか」には、ただの省略以上に相手への配慮がこもっている気がするのだ。

たとえば:

「いちいち説明するほどのことじゃないよね」

「話してもネタバレになりそうだし」

「退屈な説明で相手を飽きさせたくない」

…そんな気づかいがこもっているように思う。

実際、日本語の「省略(ellipsis)」には、ただ言葉を省く以上に、婉曲さや気配りといった機能があるとされている(Okamoto, 1985)。

そう考えると、6歳の息子は「かくかくしかじか」という便利な言葉を通じて、日本語とともに日本文化もちゃっかり吸収している…のかもしれない。

とはいえ、あの雑な要約に「相手への配慮」なんて高尚な動機があったとは到底思えない。
単に「説明、めんどくさい…」という一心だったんだろうけれど…。

Okamoto, S. (1985). Ellipsis in Japanese Discourse (Deletion, Zero-Pronominalization, Anaphora). University of California, Berkeley.