尾﨑(和賀)萌子のホームページ

言語学な育児日記#14 鏡文字のなぞ

昨年のクリスマスの話。
息子が何やら一生懸命書いているなと思って覗き込んでみたら、サンタさんへのお手紙だった。6歳の息子が書いたお手紙がこちら。

「ほしいものは ベイブレいドの ナまえは ドらたーガが ほしいです」
XXXより

意味はこちら。

「欲しいものは、ベイブレードの名前はドランダガーが欲しいです」
XXXより

この手紙は言語学的なネタの宝庫である。
書き間違い(言語学的には「間違い」ではなくエラー)、語順、敬語の使用、手紙という文体の習得など、取り上げたいテーマはいくらでもある。
けれど今回は、あえて「鏡文字」に注目してみたい。

鏡文字とは、文字の向きが左右反転して書かれる現象のことだ。文字を書き始めたばかりの子どもから、幼稚園年長くらいまでによく見られる。
小学校1年生になると、学校で本格的に文字を習うようになることも影響して、鏡文字を書く子どもは徐々に減っていく。

この手紙で鏡文字になっているのは、

「し」 「も」 「り」 の3文字である。

「し」は2回目の「ほしい」では正しく書けているが、1回目では鏡文字になっている。
このあたりも、なかなか興味深い。

鏡文字は珍しい現象ではない。おそらく、鏡文字という存在を知らない人はいないと言ってもいいだろう。
しかし意外なことに、「なぜ起こるのか」は、はっきりとはわかっていない。

試しに「鏡文字 原因」などで検索してみると、次のような説明がよく出てくる。

・左利きだと、はらいが書きづらいから
・左脳がまだ未発達だから
・文字として認識しておらず、「正しい形」があると気づいていないから
・空間認識能力が高く、反転していても同じ文字だと理解できるから
・男の子の方がなりやすい
・発達障がいの可能性

ただ、どれもいまひとつしっくりこない。

左利きでも、最初から左で書いていれば、それほど不便さを感じない(私自身がそうだ)。
息子の場合、文字として認識していないようにも見えない。
確かに空間認識はわりと得意な方だが、それなら左右も正確に記憶できそうな気もする。

発達障がいについては、「ディスレクシア(読むことの困難)」や「ディスグラフィア(書くことの困難)」といった障がいが存在することは事実だが、息子の場合、今のところは定型発達の範囲内で見られる鏡文字のように思われる。

 

そこで、「鏡文字」に関する比較的新しい研究をいくつか調べてみた。すると、興味深いことがわかってきた。

・利き手や性別よりも、どの文字か/紙面のどこに書くか/直前の文字が何かの方が、鏡文字の出現と強く相関している
(Fischer & Tazouti, 2012; Fischer & Koch, 2016)

・左から右に文字を書く文化では、左向きの文字の方が鏡文字になりやすい(たとえば db より鏡文字になりやすい)
(Treiman & Kessler, 2011)

少なくとも、さっと調べた範囲では、「文字が左向きか右向きか」という形状の特徴が、鏡文字と最も強く関係しているようである。

一方で、「空間認識能力が高いかどうか」や「左脳の発達」と鏡文字の関係については、あまり積極的には議論されていない印象を受けた。

ただし、ここで一つ問題がある。息子が鏡文字にしているのは「し」「も」「り」。

このうち2文字は右向きで、左向きなのは1文字だけである。
そもそも日本語は、歴史的には縦書きで右から左に読む文化だ。そう考えると、「左から右に文字を書く文化」と単純に括ってよいのかも微妙である。

とはいえ、今どき縦書きの絵本は少数派で、この手紙も左から右に書かれている。息子の中に「日本語は縦書き文化」という強い認識があるとも思えない。

……となると、やはり謎は深まるばかりである。

 

これほど身近な現象なのに、意外にもよくわかっていない。研究テーマは日常に転がっている、ということを思い出させてくれた出来事であった。

 

Fischer, J. P., & Tazouti, Y. (2012). Unraveling the mystery of mirror writing in typically developing children. Journal of Educational Psychology, 104(1), 193.
Treiman, R., & Kessler, B. (2011). Similarities among the shapes of writing and their effects on learning. Written Language and Literacy, 14(1), 39–57.
Fischer, J. P., & Koch, A. M. (2016). Mirror writing in 5- to 6-year-old children: The preferred hand is not the explanation. Laterality, 21(1), 34–49.