先日、7歳の息子がなんとなく不機嫌そうにしていた。
返事は短い。口調も少し強い。こちらが話しかけても、むすっとしている。
そこで私は、半ば冗談まじりに言った。
「なんだか、ご機嫌斜めだなー」
すると息子は間髪入れずに、
「違う、まっすぐ!💢」
思わず笑ってしまったら、畳み掛けるように
「おもしろくない💢」
とさらに怒られる羽目に。
はいはい。
大人にとって「ご機嫌斜め」は、「不機嫌である」という意味の慣用表現である。私たちはふだん、「ご機嫌」と「斜め」を一語ずつ分解して理解してはいない。
ところが息子は、そこをあえて分解した。
「斜め」を、気分の状態を表す比喩ではなく、物の向きや姿勢を表す言葉として取り直したのである。そして、「自分は斜めではない、まっすぐだ」と訂正した。
慣用句は、本来なら字面どおりには解釈しない表現だ。「腹が立つ」と聞いて、本当にお腹が立ち上がる場面を想像する人はいない。「頭が切れる」も、頭部が刃物のように切断能力をもつという意味ではない。
しかし子どもは、ときどきこうした固定表現の意味をいったん外し、構成する語の本来の意味をよみがえらせる。慣用句の理解には、表現への親しみや会話の文脈が大きく関わることが知られている(Levorato & Cacciari, 1992)。「ご機嫌斜め」に対する「まっすぐ!」は、その鮮やかな例である。
ただし、ここで大事なのは、息子が本当に「ご機嫌斜め」の意味を知らなかったとは限らないことだ。むしろ、「ママは自分を不機嫌だと言っている」と理解したうえで、あえて「斜め」の部分だけを字義どおりに取り上げた可能性が高い。
子どもの慣用句や比喩の理解は、ある年齢で急に完成するものではない。表現へのなじみ、会話の文脈、読書経験、そしてその子自身の言葉への関心などによって、少しずつ育っていく。
学齢期以降は、語彙や文法だけでなく、比喩、慣用句、皮肉など、字面だけでは捉えきれない言葉の理解が発達していく時期でもある(Nippold, 2007)。また、慣用句の理解には年齢による変化がみられる一方で、表現の透明性や親しみやすさも影響することが、複数の言語を対象とした研究で示されている(Vulchanova et al., 2011)。
そしてさらに面白いのは、慣用的な意味を理解するだけでなく、慣用的な意味と字義的な意味を行き来して遊べるようになることである。
「ご機嫌斜め」は不機嫌という意味だと分かる。
でも、「斜め」だけを取り出せば、方向の話としても使える。
だから、「違う、まっすぐ!」というツッコミが成立する。
これは、言葉をただ使うだけでなく、「この言葉はどういう仕組みになっているのだろう」と少し距離を置いて眺める力、すなわちメタ言語的意識の表れでもある。
つまり、「違う、まっすぐ!💢」は単なる言い間違いではない。
大人の慣用句を理解し、その比喩性をわざと外し、字義的な意味に戻してツッコミを入れる。そして、自分の感情を他者に決めつけられることには、小さく抵抗する。
不機嫌そうな顔をしていても、ことばは案外まっすぐである。
参考文献
Levorato, M. C., & Cacciari, C. (1992). Children’s comprehension and production of idioms: The role of context and familiarity. Journal of Child Language, 19(2), 415–433.
Nippold, M. A. (2007). Later language development: School-age children, adolescents, and young adults (3rd ed.). Pro-Ed.
Vulchanova, M., Vulchanov, V., & Stankova, M. (2011). Idiom comprehension in the first language: A developmental study. Vigo International Journal of Applied Linguistics, 8, 207–234.