最近、伝記の読み聞かせにハマっている息子(7歳)。
そう書くと、さぞ知的でインテリな7歳を想像するかもしれないが、実態は少々異なる。どうやら息子は、偉人たちの生き様や功績よりも、その人がいかに「かわいそう」だったかに興味があるらしい。
「え、ヘレン・ケラーは耳も聞こえないし、目も見えなかったの?!かわいそう…」
「モーツァルトって35歳で死んじゃったの?!かわいそう…」
「ピエール・キュリーは馬車に轢かれて死んじゃったんだ…かわいそう」
読み終わってから湧き出てくる疑問も、「何歳で死んだの?」「どうして死んだの?」といったものばかり。
伝記なので、基本的に登場人物はすでに全員お亡くなりになっている。
つまり、息子にとって伝記は「かわいそう」の宝庫なのである。
さて、この「かわいそう」という感情、実はなかなかに面白い。
私は以前からこの感情に強い関心を持っており、博士論文でも、子どもが他者の感情をどのように理解し、共感の仕方を学んでいくのかを主要なテーマの一つとして扱ってきた。
人間は生まれて間もない頃から、心地よさや不快さを感じ、成長とともに喜び、怒り、悲しみ、恐怖、さらには嫉妬や罪悪感など、さまざまな感情を経験するようになる。
なかでも興味深いのが「共感」の発達である。
実は、赤ちゃんの頃から、他の人が泣いているとつられて泣いてしまうなど、共感の始まりともいえる反応が見られる。
しかし、他人が泣いているのを見て自分も悲しくなることと、「この人はなぜ悲しいのだろう」と相手の立場から考えることは、少し違う。
心理学者のHoffman(2000)によると、共感は、目の前の人の苦痛に反応する段階から、相手の置かれた状況や人生そのものにも思いを寄せられる段階へと発達していくという。
つまり、目の前で友達が泣いているのを見て悲しくなることと、何百年も前に生きていたモーツァルトが35歳で亡くなったことを悲しく思うことは、実は少し違うのである。
後者には、会ったこともない人の人生や境遇を、頭の中で想像する力が必要になる。
そう考えると、息子が伝記を読んで「かわいそう」を連発するのも、共感能力の発達という観点からは、なかなか興味深い。
もっとも、ここで一つ重要なのが、「かわいそう」と思うことと「共感すること」は、厳密には同じではないという点である。
例えば、「ヘレン・ケラーは目も見えないし、耳も聞こえなかったの?!かわいそう」という息子の発言。
確かに、視覚と聴覚の両方に障害がある生活には、さまざまな困難が伴う。しかし、ヘレン・ケラー自身がその人生をずっと「かわいそう」だと思っていたかといえば、もちろんそんな単純な話ではない。
つまり、息子の「かわいそう」は、ヘレン・ケラー本人の気持ちというより、「自分だったらつらいだろうな」という、自分の立場からの想像なのかもしれない。
「自分だったらどう感じるか」と「その人自身はどう感じていたのか」は、似ているようで違う。
そして、こうした自分と他人の視点を区別して考える力は、学童期から思春期にかけても発達を続けていく(Decety & Michalska, 2010)。
さらに、言語社会化という観点から考えると、もう一つ面白いことがある。
そもそも、私たちは何を見て「かわいそう」と思うのだろうか。
病気になった人? 大切な人を亡くした人? 一人ぼっちの人? 貧しい人?
こうした状況が、誰にとっても、いつでも、同じように「かわいそう」と受け止められるわけではない。
私たちは、周囲の大人がどのような出来事に「かわいそう」と言い、誰に同情を寄せるのかを、日々のやり取りの中で学んでいく。
つまり、「共感する能力が育つこと」と「何をかわいそうと思うのかを学ぶこと」は、別の話なのである。
特に後者には、社会や文化の価値観が深く関わっている。
子どもは、ただ自然に感情を身につけるだけではない。周囲の人とのやり取りを通して、どのような場面で、誰に対して、どんな感情を抱き、それをどう表現するのかを学んでいく。
そして、読み聞かせは、その格好の機会なのである。
「かわいそうだね」
「でも、本人はどう思っていたんだろうね」
たった数分のこうした会話にも、他者の気持ちを理解し、異なる立場から物事を見るための学びが詰まっている。
それにしても、息子の関心は今のところ、偉人たちの功績よりも圧倒的にその死因にある。
共感能力の発達という意味では興味深いが、親としては、せっかくなら偉人たちがどう死んだかだけでなく、どう生きたかにも興味を持ってほしいものである。
そんなことを思いながら、今日も息子と一緒に、歴史上の人物(の親)の没年を調べている。
参考文献
Hoffman, M. L. (2000). Empathy and moral development: Implications for caring and justice. Cambridge University Press.
Decety, J., & Michalska, K. J. (2010). Neurodevelopmental changes in the circuits underlying empathy and sympathy from childhood to adulthood. Developmental Science, 13(6), 886–899.