尾﨑(和賀)萌子のホームページ

言語学な育児日記#27 6歳児が考える言語の起源

今朝、起きてすぐに息子からびっくりする質問が飛んできた。

👩「おはよー」
👦「おはよー。ねーねー、ことばってどうやって始まったのかな?」
👩「?!?!?!」

6歳が、言語の起源に興味を持つとは。
誓ってやらせではない。

これは…!
よいブログのネタになる…!

 

そう思った私は、急いで携帯のメモ画面を開きながら、こんな話をした。

👩「んー、もともと人は四足歩行だったんだよ。こんな感じで」

朝5時50分、リビングで四足歩行している母親は、日本全国で私だけだったかもしれない。

👦「知ってるよ」

👩「それで、そのあと立つようになったら、あれ、手が使えるじゃん!人の顔も見えるじゃん!ってなったわけ」

👦「うん」

👩「それで、手を使って火を起こせる!あっちとかこっちとか、指で指せる!それなら、しゃべったらもっと効率いいんじゃない?!しゃべろう!……ってなったんじゃない?」

👦「えー、ちがうと思うよ」

👩「そうなの?じゃあ、どんな感じだと思う?」

👦「まずさー、猿から人間になるでしょ。たぶん、それはそう!でもその後はさ、手を使うとか、手を振るとかじゃなくて、適当になんかちょっと声が出て、それでやっほーってなったんじゃない?」

👩「な、なるほど…。じゃあ、最初は適当だと思う?」

👦「そりゃそうでしょー」

というわけである。
実に面白い。

私自身、言語の起源については、言語学の教科書に軽く書いてある程度の知識しかない。なので、もしかすると、そもそも私の説明が間違っていたかもしれない。あるいは、あまりにも極端に端折りすぎていたかもしれない。

そもそもヒトの系統は、約930万〜650万年前に、現在の類人猿につながる系統から枝分かれしたと考えられている(Almécija et al., 2021)。その後、二足歩行への移行を含め、身体にはさまざまな変化が起きた。

言語との関わりでよく取り上げられるのが、発声器官の変化である。たとえば、喉頭の位置が下がったことで、声道、つまり口から喉頭までの通り道が長くなり、より多様な音を発しやすくなったとされる(正高, 1993)。もちろん、喉の形が変わったからといって、すぐに言語が生まれたわけではない。それでも、人間が複雑な音声を使えるようになるうえで、身体の変化が重要な条件の一つだったことはたしかである。

では、人間はいつから「ことば」を話すようになったのか。

これについては、実はまだわからないことが多い。
約10万年前には、すでに何らかの形で言語的なコミュニケーションが行われていたのではないか、と考えられることもある。しかし、「最初のことば」がいつ、どのように生まれたのかを直接確かめることはできない。

なにしろ、ことばは化石に残らない。

骨や道具は残っても、「やっほー」という声は地層から出てこないのである。

そのため、言語の起源をめぐる議論は、どうしても想像に頼る部分が大きくなる。あまりに検証が難しいため、1866年には、パリ言語学会が「言語の起源に関する論文は受理しない」と定めた。堀田隆一先生のブログでも、このあたりの経緯がとてもわかりやすく紹介されている。

もちろん現在では、FOXP2遺伝子のように、言語能力との関連が指摘される遺伝子の研究なども進んでいる。それでもなお、「最初の言語が具体的にどう誕生したのか」を直接証明することは、非常に難しい。

こうした背景を少しでも知っていると、どうしても大人は、「ことばには何か合理的な必要性があったはずだ」と考えたくなる。

狩りのため。危険を知らせるため。道具の使い方を教えるため。「あっち」「こっち」と指示するため。

つまり、何かしら「しゃべらないといけない理由」があって、人間は合理的な選択としてことばを使い始めたのではないか、と考えたくなるのである。

しかし、息子の考えはもっとシンプルだった。

最初は、特に深い理由などなかった。たまたま声が出た。目の前に、たまたま誰かがいた。それで、なんとなく声をかけてみた。「やっほー」と。

なるほど。
そうかもしれない。

もしかすると、最初のことばは、生存のための指示や命令ではなかったのかもしれない。
「あっちに獲物がいるぞ」でも、「火を持ってこい」でも、「危ない、逃げろ」でもなく、

ただ、目の前の誰かに向かって声を出したかった。

そんな、きわめて素朴なコミュニケーションの衝動が、ことばの始まりにあったのかもしれない。

言語の起源は、いまも謎に包まれている。
誰にも正解はわからない。

けれど、人類の第一声が「やっほー」だったと想像すると、なんだか少し、世界がかわいく見えてくる。

 

参考文献

Almécija, S., Hammond, A. S., Thompson, N. E., Pugh, K. D., Moyà-Solà, S., & Alba, D. M. (2021). Fossil apes and human evolution. Science, 372(6542), eabb4363.

正高信男(1993)『0歳児がことばを獲得するとき:行動学からのアプローチ』中央公論新社。

堀田隆一先生のブログ:
https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2009-12-14-1.html